京湯元ハトヤ瑞鳳閣

まだ見ぬ文化との出会い 京のお寺巡り

智積院

ちしゃくいん

長谷川等伯一門の障壁画、利休好みの庭は必見。数々の芸術・文化・歴史・自然を堪能するプラン

智積院拝観とお食事プラン

昼コース
お一人様 3,850円(税込)

お食事・拝観料・交通費含む

西京焼御膳 西京焼御膳※イメージ写真

期間: 2019年12月1日(日)~2020年2月29日(土)

※12月30日(月)~2020年1月3日(金)は除く。
※5日前迄にご予約ください。

総本山智積院は、真言宗智山派三千ヵ寺の総菩提所・総祈願所で、京都東山に位置します。
数々の歴史に彩られた境内、長谷川等伯とその弟子達によって描かれた桃山時代を代表する障壁画、東山随一の庭園・利休好みの庭として有名な大書院東側の名勝庭園は必見。
また自然溢れる広大な敷地は、梅、ツツジ、桔梗、紫陽花、紅葉と、四季折々の美しさで目と心を楽しませてくれます。
見どころ満載の智積院。ハトヤでお食事のあと、ゆっくりご拝観ください。

お支払いは出発前にハトヤ瑞鳳閣フロントにて
お支払いの際に『拝観券』『各種交通チケット』をお渡しいたします。

年末年始情報(除夜の鐘つき・初詣など)

大晦日 午後11時30分から「お火焚き法要」、45分頃から「除夜の鐘法要」、
新年 午前0時から「修正会」、30分頃から「元朝護摩供法要」が行われます。
一般の方も除夜の鐘に参加でき、鐘を撞かれた方には智積院の守り札を授与しております。
※詳しくはお寺へお問い合わせください。

マップ&モデルコース

地図

昼コース

  1. ハトヤ瑞鳳閣「栄寿庵」にて昼食(11:30~13:00) 徒歩
  2. 市バス京都駅前より206系統乗車(13:08) 乗車時間約10分
  3. 東山七条下車(13:20頃) 徒歩
  4. 智積院拝観
  5. 市バス東山七条より206系統乗車(16:00) 乗車時間約10分
  6. 京都駅前下車(16:10頃) 徒歩
  7. ハトヤ瑞鳳閣着
  • コースの見どころや所要時間、各交通機関の時刻表等は出発前にコンシェルジュにご相談ください。
  • 上記モデルコースは一例です。

プランについてのお問い合わせはフロント又はお電話にて

電話番号 075-361-8108

ハトヤ瑞鳳閣 京湯元文化サロン受付時間 9:00~19:00(年中無休)

真言宗智山派 総本山智積院

智積院(ちしゃくいん)は真言宗智山派の総本山。
真言宗智山派三千ヵ寺の総菩提所・総祈願所で数々の伽藍と多くの貴重な文化遺産があります。長谷川等伯とその弟子達によって描かれた「楓図」「松に立葵図」や等伯の長男・久蔵の作とされる「桜図」は、桃山時代を代表する障壁画であるとともに、日本が世界に誇り得る第一級の絵画です。
また、大書院東側の名勝庭園は、桃山時代に造られた庭園で、中国の廬山を形どって作られた利休好みの庭として有名です。

所在地
京都市東山区東大路通り七条下ル東瓦町964番地
アクセス
京都駅前バス乗り場から市バス206・207・208系統で約10分、「東山七条」下車すぐ
京阪「七条」駅より徒歩約10分

智積院の見どころ

金堂
金堂
総本山智積院の中心的な建物であり、金堂と呼ばれています。
宗祖弘法大師のご生誕千二百年の記念事業として昭和50年に建設されました。
堂内には昭和の祈りを込めた本尊大日如来の尊像が安置されています。
毎朝の勤行、総本山としての多くの法要はここで厳修されます。
名勝庭園
名勝庭園
「利休好みの庭」と伝えられるこの庭園は、豊臣秀吉公が建立した祥雲禅寺(しょううんぜんじ・智積院の前身のお寺)時代に原形が造られました。
その後、智積院になってからは、第七世運敞(うんしょう)僧正が修復し、東山随一の庭と言われるようになります。
国宝の障壁画がかつて飾られていた大書院はこの庭園に面して建ち、平安期の寝殿造りの釣殿のように、庭園の池が書院の縁の下に入り込んでいます。
その大書院より眺めることができる庭園は、四季折々の美しさで私たちの目と心を楽しませてくれますが、特に、ツツジの花の咲く5月下旬から6月下旬にかけて一段と華やぎ、毎年多くの観光客が訪れます。
収蔵庫
収蔵庫
わが国の最高の名作、国宝障壁画が納められています。
桃山時代に長谷川等伯らによって描かれ、祥雲禅寺の客殿を飾っていた金碧障壁画が智積院には残されています。
「楓図」「桜図」「松と葵の図」「松に秋草図」等は国宝に指定されています。
ダイナミックに大自然を描き出した、豪華絢爛たる絵画の世界をゆっくりとお楽しみください。
大師堂
大師堂
真言宗開祖、弘法大師空海のご尊像を安置するお堂です。
大師堂は江戸浅草の宝持院真融法印の寄付金三百両を基金に、役寺の愛宕円福寺の胎通法印と真福寺の純雅法印が尽力して費用を用意しました。
落慶したのは胎通が智積院第二十四世に就任中の寛政元年(1789)です。